本気の遊びを手に入れろ!

順序よく取り組めばサッカーは誰でも上手くなる

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サッカーの指導者として言えることとして「サッカーを教えることはできない」これは断言できます。

少し難しい表現となりますが、サッカーというもの自体はある時間内でピッチ上にいる22人により生み出されるものです。少年サッカーであれば16人です。

1人の人間がこれを教えることなど出来るわけがありません。また、一人一人はクローンやロボットではなく違う人間です。何を考えているのかなんてわかりませんので前提として無理だということになります。

指導者として出来ることは「時間を早めてあげること」だと思います。

しかし時間を早めて良いものと良くないものがあります。「一人一人違う」この視点で捉えれば理解ができると思いますが、比べることは無駄です。一人一人違うわけですから。

そのため、人と比べられるようなことに対して時間を早めてあげても結局無駄になってしまいます。

例えば、50mを9秒で走る子が一生懸命サッカーのトレーニングを6年間やって積み上げてきても50mを6秒で走る子がサッカーを始めればポジションを取られることもあるでしょう。

人と比較して、速い、上手い、強い、などというものはそれぞれ異なるわけですし、先々どうなるかはわかりません。だから、取り組んだ成果は「今」しか現れないということです。そして「今」勝てないのであればその方法では将来も勝てないということになります。エナジードリンクと同じです。

人間には持って生まれたポテンシャルがあります。それはこの形で生きる上で必要最低限のものが備わっていることでもあります。スピードが速い子とそうでない子とでは体の使い方に差があります。そしてその差はある事で生じていて、改善することもできます。ポテンシャルとして持っているものは呼び覚ますことができます。

これはある意味では時間を早めてあげることになります。指導者の役割の一つだと思います。

もう一つは、ポテンシャルを生み出すことです。これは体験のことです。

当然、人間に限らず植物でも生きる上で最適な形、構造となっていくはずです。そうでなければ、目の前に存在していません。それらが目の前にある事でこのことは検証されているわけです。

サッカーは人間が生きる上で絶対的に必要となるものではなく、あくまでスポーツの一つです。これに特化したポテンシャルは持ち合わせていません。そのため、自分の持つポテンシャルを置き換える必要が出てきます。これとこれは同じことだよね!という作業です。これには時間が必要です。早めてはいけません!

なぜなら、「ひとりひとり違うから」ということになります。

人によって持っているもの、その活かし方、好み、など全て異なります。それを人数を集めて同じようにしてしまったら?全く意味がないことに気が付きませんか?

世界の名だたるレジェンド達はストリートサッカーの必要性を訴えています。なぜかと言うと、人それぞれが持っているものが違う中で自由に色々試す、体験できるのがその場だからです。

あんなことができる!こんなことができる!という主体的な体験を積んだ子は、「あんなことをやるためにこんなことをしよう!」と自立を獲得します。この先にあるのは、サッカーの目的とプレー「試合に勝つために何をするのか?」ということです。そして、これを繰り返してきた選手に対して、「この選手にこんな事をさせたら良いのではないか?」と型を想定出来るようになるとプロになれる可能性が上がってくると思います。

私は他人と比べて競争することは間違いだと思います。縄文時代や江戸時代がなぜ平和で豊かであったのか?その答えも同じです。

「他との違いを認め他と同じところを探した」サッカーの入口はストリートサッカーにあります。

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