今回は月一回行っているゲーム会についてです。
この日はただ子供達がチーム分けをしてミニゲームだけを行う日です。何も教えません。そのため何かを教えてもらうことに価値を持っている方にとって価値を見出すことが難しいと思います。
それではなぜこのゲーム会を行うのか?
それは子供達にとって必要だからです。
例えば「木の板を切ってください」とオーダーしたとします。
板を切るためにまず使うものが連想されると思います。ここではノコギリとします。
【木の板をノコギリで切る】これが今の子供達の思考です。かなりまずいと思います。
これは完全な体験不足です。もしかすると大人の人でも違和感に気がつけないかもしれません。
板を切るという体験のある人は「何に使うために木の板を切るのか?」「木の種類は?」「どれくらいの長さで切るのか?」「精度はどれくらい求められるのか?」「どこで切るのか?」という不確定要素に気がつきます。
次に、それに伴う道具を準備します。
木の板が欅ならどうしますか?これは簡単なことではなくなります。木を切るために、定規、鉛筆などは不要ですか?木を切った後の掃除はどうしますか?事前にシートなどを敷きましょうか?
いざ木を切ります。どのように固定しましょうか?
これが体験の差です。実際にやったことがある人とそうでない人では持っている情報量に大きな差が生まれます。そのため思考にも大きな差が生まれます。
この体験は積めば積むほど細かくなり、また不要にもなってきます。要するに精度とプレースピードが上がるわけです。
このノコギリをギコギコ引く作業はサッカーのドリブルに置き換えることが出来ます。「ノコを引くテクニック=ボールを運ぶテクニック」です。
ドリブルが上手くなるという意味がお分かりになりますか?ノコギリを引く作業をひたすらトレーニングして体験で得られるもの全てを獲得できそうですか?
さらにいうと、なぜ木の板を切るのでしょう?それはオーダーがあったからです。実際ここにあげたものは、今後AIやロボットに置き換えることができるものです。
それでは今後必要となってくるものは?
では、もう一個上のオーダーは?というと「それは家を建ててください」というもの。では、どのような家を建てましょうか?家族構成、場所、ライフスタイル、そういったものは入力すればAIが最適なものを作ってくれるでしょう。
【文章で定義するのが難しいもの】これを獲得することが重要になってきます。
暑い日にノコギリを使うと腕にカスがついてしまうよね!ずっとやってると手のひらが痛くなるよね?腰痛くない?指切って血が出ちゃった!
などなど、このようなどうでも良い情報こそが個人にとってとても重要になってきます。これを獲得するには人の体験が必要でAIは獲得することができません。
そのためこのような体験の積み重ねが個性となっていく分けです。あの人に家を頼んだら素敵な家が建てられた!合理的なものでなく人が求めるものはこうなっていきます。
なぜ素敵なのか?それはその人の体験に基づくある種のバグのようなものだと思います。
ファッションや絵画や演劇などに代表される表現されるものこそが価値です。スポーツも同じですねアートです。
ちなみにサッカーに必要となるのは、サッカー目的である試合に勝とうね!というオーダーに答えることなので家を建ててね!と同じくらいやることが沢山あります。そして観客がいるので、あの人が建てた家はとても素敵ね!と評価される必要もあります。プロとアマの差です。
私が目撃しているものは「左脳が活発になる中学生になると小学生の時、右脳に蓄積された体験が爆発的なアイデアを生み出す」という現象です。ただ上手いだけの子は発育が整った中では埋もれていくと思います。さて体験は足りていますか?